羨望の笹ヶ峰・美濃俣丸(1253m) (福井県岐阜県境の難峰)

残雪期しか登れない山。登山道は無い。夏は孟宗竹のブッシュで1時間で100mしか進めない。
3月の残雪期といっても真冬のような様相でありワカンを装備して美濃俣丸を制覇した。

頂上直下最後の急な勾配は汗をいっぱいかいて登ったが気温ゼロ度であった。
美濃俣丸からなんとか念願の笹ヶ峰までの奥美濃至高の縦走路を制覇したかったが、未知の藪山で勇気なく
断念せざるを得なかった。
夏の笹ヶ峰にもトライの計画をつくるもやはり無理とのことだった。
このコースはもう踏破はできな
い。

2001年3月20日  3回目の美濃俣丸

3回目であるが今日は新ルートの登山口を見つけようと日野山行きの前に立ち寄る
非常に多い積雪でS字ロープのところでワカンを付ける。
この2日間18度と雪が溶けだしている。鈴谷川奥の橋までわかんで歩いたがそこからは引き返す。

登山日
1999年3月28日(無謀な登山)
2000年4月8日 (好天の制覇)
2001年3月20日
(新ルート登山口調査)

美濃俣丸

1999年3月28日

今日の山は震った。恐ろしい山でもある。そもそも米原ICを過ぎた頃から天候の不安感があった
美濃俣丸頂上直下の温度は2.4度 頂上は-0.4度 雪が降るとは想定していなかった。そして雪どころか吹雪に近く
視界がなくなりそうになった。三周ヶ岳の霧氷の景色に見とれていて後方見て驚いた 視界が消えているのだ。そして雪ではないか。

登山中は隣の山の景色をわかるはずだと思っていたが、その景色が消えてしまったのだ。
頂上で3分 昼ごはんもせずに一目散で下山、走り下った。登ってくる時の足跡だけが頼りであったからだ。この足跡が積雪で消えれば
おしまいだ。人が入ってこない山で方向失なったらもう大変 遭難だ。重大HHTであった。
P912までは何としても足跡が消えていないことを祈る あっない? あった! 焦る こけた起き上がれ 焦るな しかし 脚がつった 太ももがつってしまうのだ 両脚ともこれは重傷だ。

登るときに後方を見て景色を見て登山したのが幸いした。P912を無事通過 途中で足跡が消え絶望かと思ったが見つけられた。P912が最も迷いやすい地点であるがクリア 雑木林になり雪が消えてわからないがこれもなんとかクリア ここから登山時にみていた林道に降りてホッとした。助かったと。
道が無い山で視界を失ったらもうおしまいだ。

広野ダム8:15 登り口8:43 尾根9:05 尾根上9:35 広葉樹林帯10:15 ここから雪がちらちら降りだす P91210:45 P1115 11:40
頂上 12:04(-0.4度) 頂上発12:14 ダッシュ P912 12:50

通常のタイム
今庄IC 7:15 鈴谷川8:00 尾根取り付け 8:30 P912 10:30 P1115 11:15 頂上12:00 下山開始 13:00 P912 14:00
登山口15:00


2000年4月8日
再び挑戦
4月8日というのに今年は山の方に雪が多い。伊吹山が今日でまだら 花房山にもたっぷりの雪だ。さくらはまだちらほら咲き。
しかし道路は橋まで雪は無い。
ワカンがなかったら頂上までは無理であった。途中でアイゼンに切り替えたら埋まり埋まって進まない。今日の雪は気温が高くて埋まり
ワカンを付けていても、嫌になるし体力を要する。 本当に苦労して踏破できた、雪原を歩いたし思い切り景色も見れたし山座もあたったし
これでもう美濃俣丸に登ることはないであろう。
53才だ 熊もいなかったし道も新しく登れそうなルートを見つけた。
体力が落ちてきており少しでもランニングなどをしないといけないな

登り口9:00 P800 9:50 雪柔らかでわっぱ必須 P91210:15  頂上11:15 頂上出発12:55 P92013:20 分岐P655 14:00

広野ダムから見た難峰 2山

910m付近の残雪の上を歩く

笹ヶ峰

美濃俣丸

美濃俣丸